Paul Simon In 南アフリカ 「I know what i know」 他

連夜のWカップ観戦も残り僅か、全く体調が狂ってしまって、ブログ・アップもままならぬ状態でした。気が付いてみると明日は、参議院選挙。今回ほど気の乗らない選挙戦はなかったでしょう。

話は戻って、Wカップの行っている「南アフリカ共和国」、あのアパルトヘイトで悪名高き国でした。1994年に撤廃されてまだ日が浅いのですね。前置きが長くなりました。音楽的には、私はどうしてもポール・サイモンが考えられます。

彼の86年に出したアルバム(Graceland)です。南アフリカのミュージシャンやサウンドを取り上げた素適なアルバムですね。

これはAFC(アフリカ民族会議)でも支持される結果となりました。南アフリカの多用なミュージシャンを起用し才能を広しめたとして。

サウンドはポール節と意外と洗練されたサウンドに出来上がっています。①I know what i know ②Call me Al ③Diamonds on the soles of her shoes三曲通して、聴いてみて下さい。南アフリカ共和国の隣国ジンバブエのLiveで、3曲目は8分以上と長いです。 














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この記事へのコメント

  • とも

    こんばんは♪

    アパルトヘイトが撤廃されたとはいえ、南アフリカ国内の人種差別は全く解消されていないんでしょうね。
    貧富の差が激し過ぎるし・・・
    黒人は白人の家に家政婦として出向き、そしてまた黒人居住区に帰る・・・
    犯罪も「善悪」ではなく、まさに「生死」のため。
    多くの黒人音楽は、この人種差別を歌って来たがゆえに、なかなか白人を受け入れなかったのかもしれません。
    でもさ、何で「肌が白い方が優れている」などという価値観が生まれたんだろうね?
    レゲエを始め、多くの黒人音楽にはたくさんの悲しい歴史が詰まっているんだと思います。
    2010年07月11日 00:54
  • 恐妻家のミック&Keith

    お早う   ともちゃん
    ともちゃんのマジコメント、全く私もその通りだと思いますよ。アッパレ!!
    黒人音楽の悲しい歴史なんて、涙が出て止まらないだわさ。
    私にはある考えを昔から持っていて、それは、神がこの地球に天と地そして生ける物を造った
    時に、格差を付けたと思うんだなぁ~。特に人間の場合ややこしいんダスね。
    肌の黒いもの、黄色いもの、白いもの。髪の黒いもの、金髪のもの。そして一番大事なのは、
    貧富の格差を生まれながらにして持っていて、そこから抜け出るのがナマラ難しいという事。
    ともちゃんなんか裕福な家に生まれ、何不自由なく育ったんでねぇのー?
    ウチなんか貧しく、4人兄弟だっから、小学校1年にランドセル買って貰えなかったよ。
    だから弱者の気持ちって、割りと分かるんダスよ。
    2010年07月11日 08:22